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四ツ谷梨園 in ART INPUT 2025


会期:2025年9月11日(木)~9月14日(日)

会場:Gallery IYN


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デジタルアート
「 わになる 」

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絵を描くことが兎に角好きで、数々の入賞経験からその画力・表現力はお墨付き。

しかし、とある写生会で描いた作品が、一般的な風景描写ではなく足元をうごめく蟻たちを画題に選んだものであったことから、「ふざけて描いていた作品だ」と教師から酷評を受けた。

自分はいたって真面目に、蟻たちの姿も風景の一部として描き、その出来栄えにはかなり自信があったのに・・・

これが、四ツ谷梨園が初めて自分と他者との感性の摩擦を実感した出来事だった。

とても苦々しい思い出であり、一時は絵を描くことさえも厭わしく感じられたが、この時に描いた蟻の絵は後に、たとえ少数派ではあっても理解を示してくれる人も存在するのだということを彼女に教えてくれた。

弟と結婚して義妹になった嘗ての後輩が「自分はあの蟻の絵に憧れて、美術の道を志すようになったのだ」と打ち明けてくれたのである。

長い長い空白の期間はあったが、もう一度絵に取り組んでみようと決意し、四ツ谷は独自の感性を隠すことも誤魔化すこともなく、シュールで奇抜なデジタルアート制作に取り組んでいる。




Q.これまでの創作活動の中で、あなたの一番の代表作と思われる作品を教えて下さい。

また、何故その作品をお選びになりましたか。


四ツ谷梨園:「なんかちゅいた」です。蟻に関する作品なので。

私にとって「蟻」は、明確に絵を意識し出したきっかけです。


デジタルアート
「 なんかちゅいた 」

自宅火災で焼失してしまった為、写生大会で描いた蟻の絵は現存しない。

もし現存していたなら、その作品が間違いなく自身の一番の代表作であろうと、四ツ谷は語る。

絵を再開してから幾度か蟻を主題に選び、「なんかちゅいた」もその内の一つだが、思い出の中に残るあの作品を凌駕する作品は、未だ生み出せずにいるそうだ。

しかし、これが今の自分に出来る精一杯の表現。

あの頃と同じように、いやそれ以上に“訳のわからない絵”を描いており、増々人からは理解されにくいが、時折ふと「この絵はこういうことを伝えているんですね」と、四ツ谷の意図を的確に言い当てる人が現れる。

「なんかちゅいた」には買い手がつき、また四ツ谷ならではの世界観を求めて作品をオーダーしてくれる人も在る。

そんな数少ない理解者のために、または未だ見ぬ知己と出会うために、彼女はこれからも“わかる人にしか訳のわからない絵”を描き続けていくのだ。




Q.貴方の創作の方向性を決定づけた時期や出来事、また影響を受けたアーティストや作品などがあれば教えて下さい。


四ツ谷梨園:方向性は未だ迷走中です。

描きたい時に描きたいものを、画風も表現も思いついたまま描きたいように。


影響を受けたアーティストは特にいません。

強いて言うなら最近また絵を描きたい!と思えるようにさせてくれたのは、ラッパーであり絵描きであり彫り師である

「T-tanggさん」です。


デジタルアート
「 のう 」

確固たる自分の世界観を持ちながらも、それを作品の上で表現しきれずにいることが、四ツ谷の最大の悩みである。

自分は迷ってばかりいるのに、義妹は着々に道を突き進んでいる・・・

その姿が眩し過ぎて、純粋に義妹を応援できなくなり、自らの創作にも嫌気がさし、創作に限らず何事にも気力が失せて、ただ只管にYouTubeで動画を見漁っていた折に出会ったのが、T-tangg氏のラップ動画。

耳に心地良く染み入るラップのリズムに魅了され、氏について詳しく調べる内に、彼の描くアート作品に一目惚れしてしまったのだとか。

「私もこんな風に描きたい。勿論この人のようには描けないけれど、私なりに何かを描いてみたい」

創作意欲が再燃し、自身の世界を再び探求できるようになり、創作上の悩みは尽きないものの、今は落ち着いて義妹の活動も見守れるようになったそうだ。


まだまだ試行錯誤中だが、彼女は長年いつかアート作品として昇華したいテーマを持ち続けている。

それは即ち、“何かを紡ぐ、或いは紡いだ軌跡として生と死”。

祖先から何代にもわたって受け継がれて来た命の中に自分の存在があり、自らも我が子を産んで命を紡ぎ、次の世代が紡ぐ未来を見守る立場にもなっている。

そんな壮大な命のサイクルを、一枚の絵で表現することが出来たなら、それは写生会の蟻の絵以上にお気に入りの作品になる筈だ。

その一枚を追い求めることが、彼女のアートワークなのである。


取材の最後に、彼女に次のような質問を投げかけてみた。




Q.これまで創作において、人生において、苦しい状況に陥った際にどのようにして乗り越えてこられましたか。


四ツ谷梨園:全然乗り越えられてない。

表現したいものが脳内でしか形成されず、それを明確に可視化できる技術も才能もない。

世のアーティスト達の作品を見て驚愕して、尊敬して、感動して、そして自分の力のなさに絶望する。


私の中にある「絵」は、私の外に出て行ってくれない。

脳内にあるぐっちゃぐちゃな材料を、綺麗にまとめてポン。とスタンプできたならいいのになって。

でもそんなことは不可能で、尚更苛立ち落ち込む。

で、あれば一旦材料を野放しにして、無理に纏めようとしない。

誰の作品も見ない。

絵を描くこともしない。


そうしたらそのうちに材料が溢れ返って、排出しないといられなくなる。

いつどんな形で溢れ漏れるかは私にもわからない。

1時間か1日か、或いは10年か。


排出中にもどんどん材料は生まれていって死んでいく。


だからそれを1つの作品にするのってとっても難しい。


乗り越えるというよりは勝手に材料が脳の壁を乗り越えて行って、とっとと表現しなさいよ。と私に命令してくるので、苦しさからは逃れられない。


生むのってとっても苦しい。


でも生まれ出て完成した時だけがきっと乗り越えた瞬間なんだと思う。


まぁそれでもまた、新たに生もうと1秒後には苦しみ出すのだけれど。


(取材/執筆:大石)

四ツ谷梨園の作品を心ゆくまで堪能できる4日間

ART INPUT2025を、どうかお見逃しなく!


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Instagram:@rie4283

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